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キレとコクの生バレエ おかわり! 

バレエ公演に何度も足を運ぶと、
いろいろな発見がありますね。

大きなバレエ団の公演になると、
雑誌でもよく見かける現役ダンサーや、
有名な振付家、そして超有名な往年ダンサーの方まで、
普通に会場入りして、ロビーをうろちょろしていることに、
最初はドギマギしていました。

憧れのバレエダンサーに、
結構簡単に会えちゃうのがバレエ公演なのかもしれません。
舞台だけでなく、会場も楽しめるという、
2度オイシイのが嬉しいですね。

そういえば、新国立劇場の次期舞踊芸術監督、
デヴィッド・ビントレーさんのお話によると、
海外では、目の肥えたお客さんたちが、
新作や話題の名作に興味をもつ傾向があるようで、
古典の全幕を観たがるお客さんが多い日本の傾向は、
世界的にも独特の現象のようですね。

これは、私もバレエをやっていながら、
子供の頃から不思議な傾向だと思っていました。
なぜ、「くるみ割り人形」や「眠れる森の美女」など、
昔の人が作った演目を、現代人が繰り返し繰り返し観たいと思うのか。

子供の頃は、バレエの深いところまで理解していないので、
発表会で同じ演目が巡ってくる度に、
「またくるみか」「また眠りか」と
一度披露した演目を再演することに、
少々、飽き飽きしていました。

でも、バレエの世界って、
大人になると理解が深まってきて、
踊る側も、見る側も、1つの演目を掘り下げていき、
ダンサーや演出家、舞台装置などの違いで、
表現や感動がどこまで変化するか、
そんなことにバレエの醍醐味を感じるようになるんですよね。

新しいもの、斬新なものよりも、
代々見続けてきた古いものに関心を寄せる日本人の傾向は、
歌舞伎のような独特の伝統文化が日本人の心に根付いているせいでしょうか。

とはいえ、実際、日本で開催されている公演は、
古典バレエに負けなくらい、
現代舞踊の公演も非常に多く、頻繁に開催されています。

現代舞踊とひとくくりにまとめてしまいましたが、
モダンバレエ、モダンダンス、コンテンポラリーなど、
いろいろあります。

昨年は、私もバレエと現代舞踊の両方の公演を観ましたが、
バレエ慣れしている私としては、
「キレとコク」を感じて「後味スッキリ!」だったのは、
やはりバレエの方でした。

大きな違いは、万国共通の言葉を持っているか、否か、
というところですね。
バレエは、それが幕ものだろうが、創作だろうが、
踊りのパの技法は決まっているので、
それが何を伝えたいのが、言葉として通じる気がします。

反対に、コンテやモダンダンスのような現代的な踊りは、
定型のパがない代わりに、自由に表現できるので、
踊る人は、感じたことを自分なりの表現で踊れます。
なので、踊る側は表現したいことを自由に披露できますが、
観る側は、その全てを理解できるとは限りません。

私の場合、現代舞踊の公演のほとんどが、
「後味スッキリ!」といかないものばかりでした。
やはり、ダンサーの個人的な表現を、
音楽と振付と衣装から読み取るのは難しいものですね。
たぶんそこには、ダンサーの表現したいものが、
盛りだくさんに盛り込まれているはずなのですが…。

特にコンテは、
暗めの照明の中でその世界へと引っ張り込まれていくので、
踊りを鑑賞するというよりも、
その世界を体験する、という感じになります。
なので、観終わった後は、いろいろな感情や感覚がわだかまって残る、
という、不思議な感じになります。

これが、結構クセになるので、
理解できなくても、コンテを観るのは好きなのですが、
踊り手となる場合は、
バレエとコンテにはこれくらい表現に違いがあることを、
把握しておかなくてはいけないのでしょうね。

前回、バレエは「人に見せるための舞踊」と書きましたが、
わざわざ決まった型のパをつなげて言葉にするバレエは、
つまり、「人に伝えたい踊り」というわけで、
伝えること、そして伝わることを意識して練習しないといけないということですね。

言語と同じく、流暢に話せるようになるためには、
流れるように踊れなくてはいけませんね。
ぎこちない踊りは、片言で話すことときっと同じですね。

私が踊るとしたら、
コンテは思いっきり自由に表現できる気持ちよさがあると思いますが、
なんだか自己満で終わってしまいそうな気がするので…、
やっぱり、人に伝えるバレエかな。

美しい言葉で、流れるように語れるバレエ。
そんな語り部になれればいいな、と思います。

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キレとコクの生バレエ 

4月に入り、また新たな1年がスタートです!

今年はどんな年になるんでしょうかね?
何気に昨年を振り返ってみると、
2009年は「お勉強」の年ということになりました。

結構、生の舞台に足を運びましたよ!
小さな発表会からプロの公演まで、
1年間で45公演ほど観ました。

バレエがほとんどですが、
コンテンポラリーやフラメンコ、ジャズダンスも入っています。
数には入れていませんが、
バレエ映画やコンクールなども観に行っていますね。

やっぱり、生の舞台は非常に勉強になります。
いくらスタジオで習っても、
おうちで自習に励んでも、
正解の踊りやパフォーマンス力はなかなか身につかないものです。

私の場合、人の話を聞いたり、ビデオで演目を観るよりも
生の舞台を観るのが一番説得力がある気がします。
目の前で観たものは、
踊りも表現も全て吸収しやすい感じがします。

公演を何度も観に行くと、
世の中にはテレビやほかのメディアでは紹介されていないけど、
沢山のアーティストが全国にいて、
日々何かに触発されては踊りで表現し、
踊り一筋に人生を生きている人が沢山いることに気づかされます。

アマチュアも、プロも、
子供も、大人も、
踊りの分野も様々ですが、
あらゆるダンサーが世の中には沢山いて、
舞台に出ては、何かを懸命に表現している。

今まで、バレエなどの舞踊は習い事であって、
身体的な技術の能力を上げることばかりに努力して、
あとは趣味だから楽しめればいいや、
くらいにしか考えていなかったのですが、
元を正せば、バレエというのは人に見せるための舞踊なんですよね。

ではその、人に見せるための舞踊、って一体何だ?
って話です。

この話、なんだか長くなりそうですね。

ちょっと頭の中を整理して、
次回、ゆっくりとお話しすることにします…。




ロミジュリ&ジュリー <モダン&官能的なバレエ> 

4日の土曜日は、
新国立劇場でバレエ公演を観てきました。

谷桃子バレエ団の創立60周年記念公演第2弾で、
演目は「ロミオとジュリエット」と「令嬢ジュリー」です。

今回は、2本ともスウェーデンの振付家、
ビルギット・クルベリの作品ということで、
話題の公演でした。

といっても、私はこの偉大なる故人の作品を
見たことがなかったので、
とにかく全てが新鮮でした。

ロミジュリに関しては、衣装も振付もモダンな感じでした。
背景やセットはなく、衣装はジュリエット以外は全員ユニタード。
つまり、首までの全身タイツです!
ジュリエットの家系は青で、ロミオの家系は赤という斬新な衣装。
ジュリエットは永橋あゆみさん、ロミオは斉藤拓さんが演じました。

踊りは、話の展開や個々の感情がよく分かる振付で、
背景画やセットがないのに、
屋敷の中や、屋外の木陰が見えるような踊り&演技で、
かなり想像力をかき立てられる作品でした。
パ・ドゥ・ドゥの愛の表現もリアルな感じで、
死に至る最後の瞬間まで見入ってしまいました。

次の「令嬢ジュリー」は、観るのが楽しみの作品でした。
100年前に書かれた原作本は、
あまりにも内容が衝撃的ということで出版拒否にあい、
芝居は上演禁止に何度もなったという、いわくつきの作品。

「セックスが愛から切り離された最初の劇」
と称されたこの作品を、
クルベリはどんなふうにバレエに仕立てたのか、
非常に興味があったわけです。




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